
|
|
上里サービスエリア周辺・地区整備事業「ハイウェイオアシス構想」も含めた地域活性化施策の実現化により、高速道路利用者と地域内住民及び広域利用者の交流と憩いの場を目指しています。
|
|
|
平成8年御陣場川の廃川敷を利用し、みちくさの道として整備されました。小川には清流が流れ、7月には「ほたる」が飛び交います。周辺には枝垂れ桜などが植裁され住民のいこいの場として人気を呼んでいます。
|
|
|
地理的に恵まれた上里町のあたりは、遺跡から出土した様々な土器の豊富さから、当時としては、比較的豊かな生活を送っていたことがうかがえます。
古墳時代後期(六世紀)になると、上里町全域に大規模な集落が営まれました。上里町の数々の古墳はこの頃造営されました。浅間山古墳はそれから少し遅れた七世紀前半につくられました。
|
|
|
金窪城は、治承年間(1177〜80)に加治屋治が築城し、天正10年(1582)の神流川の合戦で落城後、川窪氏が城主となり、丹波に転封する元禄11年(1698)に廃城となりました。土塁や堀の後が一部に残り、往時を忍ばせています。 |
|
|
昭和20年(1945)国の重要美術品に認定。竜頭は普通と異なって朝鮮式の上向きです。撞屋上の四方たすきに仏像を彫刻し、また駒爪には蓮弁をあらわしています。高さ1.77m、直径1m、厚さ0.12mで朝鮮式の銅鐘は県下でもまれなものです。 |
|